被災者支援サークルあくしゅ@福岡教育大学

東日本大震災を機に、被災者支援のために福岡教育大学内に
立ち上げた「被災者支援サークルあくしゅ」のブログ。
これまでの活動報告や支援物資の募集などを更新します。
少しずつでよいので、まずはご協力どうぞよろしくお願いします。
<< August 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
# スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | - | | category: - |
# 井上さんボランティア日記最終日(2011年9月)
16日。福岡に帰る日。 あれから一週間経ったことが信じられない! 

前の日の晩は珍しく大西さんが「寝なくていーよ」とか言ってくれて、アンちゃんたちも、寝付くまで「明日帰らなくていいですよもう」なんて言ってくれてて、結構遅くまでみんな起きてた。みんなが寝てから2時くらいまで、ゆりちゃん、えりちゃん、たまちゃんと大西さんたちへのメッセージノートを書いて、、えりちゃんが寝落ち、、ゆりちゃんのメッセージを書きながらの啜り泣きが聞こえて、、と思ったら寝てて、私も寝ようと思った時、たまちゃんは携帯の電気で何やら頑張ってました。 

4時。起床!! 

この日は千葉さんたちもいないから、活動隊長に命じられたたまちゃんも、私たち三人と共に起きる! 
ご飯を炊く! 私たちはおにぎりを最後まで握る! 

最後に教会のピアノに触れて帰りたかったけど、5時出発なのでそれどころじゃなかったです。残念。きっとまた来れる。良い響きだったな。 

私たちを朝早くからバス停まで送って下さるために、大西さんも起床。見送るから起きると言っていたイシーダたちはなんと7時まで寝ていたらしい。おーい! 

出発の時間。ありがとう米川ベース。お世話になりました、米川の公民館! 

さぁ、出るという時に、たまちゃんに何かを手渡された。四つ繋がった小さな折り鶴。最初はよくわからなかったんだけど、気付いたら泣いてた。たまちゃん、夜中までこれ作ってくれてたんだ。 

中にメッセージが書いてあるんだって。スタッフさんのメッセージ三人分書いて、これを三人。たまちゃんには驚かされた。泣かないつもりだったのに!かっこつかなかった!朝5時からかっこつけなくていいけど! たまちゃん、本当にありがとう。こんなに細い腕で優しさを全部パワーに変えて、人のために笑顔を絶やさずなんでもやっちゃう凄さを持ったたまちゃん。たまちゃんの優しさは凄い!大好きです。 

登米市役所前バス停まで送ってもらう車の中、大西さんがかけてた、くるりの奇跡の歌詞の出だしが

いつまでもそのままで 
泣いたり笑ったりできるように 
曇りがちなその空を 
一面晴れ間にできるように 

って流れたんだけど、なんだか、そんな場所って良いなと思ってそのまま涙が止まらなかった。 

何もかも元通りにはいかないけれど、そんな場所がまた、新たにここに作られていけばいいなって思った。 

米川ベースに来て、私は大西さんがこわかった。千葉さんもこわかった。神山さんもこわかった。実を言うとみんな年下なのにある意味でちょっとこわかった。

断トツではじめからこわかった大西さん。これまで沢山一緒に笑ってきたのに何がこんなにこわいんだろうって一週間考えたけどなかなか答えが出なかった。

でも、最後の分かち合いのあとの沈黙で、ふと気が付いた。ああ、私、自分の弱いところからきっと逃げたかったんだ。ここでは弱いところを隠しきれない。見抜かれる。逆に言うと、強がる必要が無かったんです。 

素でいられた一週間だったと思う。 

申し訳無いくらい伸び伸びした自分でいられた。 

たまちゃんも、私がこのことを言ったら、私もって言って、帰ったらもっと自由に表現しようと思うって事を話してくれた。 

なんだかすごいなって思った。 

スタッフさんも、仲間も、みんな、私に無い着眼点を持ってて、ここに出てくるくらいだから、意思のある人達で、一人一人が本当に尊敬出来る人で、私が一番なんにも考えてない!って思ってここまでもがいて来たけど、なんだか背伸びする必要は無かったんだと思う。 

なんか、受け入れられてた。わかりにくいけど、ごく自然な形で。 

それにしても、よく見られてたなぁ… 
よく見てる大西さんを私たちもまた見てたけど。 

千葉さんには、足の指怪我して1ミリくらいの傷が出来たこと、報告しなかったらバリ怒られたなぁ、、 
念入りに消毒して絆創膏貼ってくれた。(土砂はヘドロ状だったり、中様々な破片があるので破傷風になる恐れがあるので、瓦礫撤去の際怪我をしたらどんなに小さい傷でも報告して下さい。とのことです!) 

神山さんは、、素敵に寝てたなあ。 

一緒に過ごした仲間たちも凄いひとばかりだった。純粋ってこういうこと言うんだなって部分に沢山触れた。 

今回初対面で一週間時間を共にしたえりちゃん。いつも口角が上がってて、物事をよく見てるえりちゃんの、分かち合いの時の宙を見る柔らかい眼差しが好きでした。なんだろうなぁ、、って心に思い描くえりちゃんの言葉たちは、いつも、飾らないけど生きたもので、私はよくはっとさせられてました。 

会って3回目のゆりちゃん。いつも気遣ってくれて、悩みながらも素直な優しさで物事にぶつかっていくゆりちゃんの、素敵な天真爛漫さに元気をもらいっぱなしでした。ちょっとしたことで急に二人で笑い出す時間が最高に楽しかった! 

たまちゃん、えりちゃん、ゆりちゃんは三人とも優しくて気遣い屋さんで、しかもなんか私のほうが心配かけてた感じがするなぁ、、ごめんね、ありがとう!! 

恩返ししたい。 

ゆりちゃんが誘ってくれて、えりちゃんと三人だったから頑張れた場面が沢山あったな。 

そして私が頑張ってこれたのは、米川ベースが私の「今のベース」であってくれたから。 

ホームだったな。 

作っていけるかなあ。 

福岡で、被災地で。

誰かがこんな風に笑ったり泣いたり出来る場所。 

神山さんのしてくれた、昼は元気にしていても、夜に腹痛を起こす、あの時を見ていたこどもたちの話を思い出す。簡単には拭えないけれど。 

それから、最後の晩、石巻スタッフの高浜さんと大西さんが話してたことの中で印象的な言葉があった。

「これがやりたい」は言わない。 
必要とされたことをやる。 
でも、この場所は、ここの人達のものだから 
必要が無くなったら去るつもりでいる。」 

最後に、これを聞けて良かったなと思った。 

私、なんだか、少し履き違えてたかも。 
支援することについて。 
明確なイメージの持てていなかった、自立のための支援について。 

支援するって、どんな場面でも難しい。 
けど、簡単でもある。 

ボランティアは、やれる時、やれるだけのことを、やれる人がやればいいって 
いつも吉武先生が言ってくれる。 

やれる時だったから、動けて良かった。 

自分こそ自立出来てないけど、少しでも支援させていただけて良かった。 

一週間本当に出会う人出会う人から、行く先々から宝物をもらってばかりの時間でした。 

沢山の人に出会いました。 
年齢も、出身も、考えも、宗教も、会社も、本当にバラバラな人達。 

でも、集った想い、現場ですること、目指すことはみんな一緒。 

被災された方々のために復興を支援したい。 

ただただ、胸一杯。  

溢れそうだけど、こぼれ落ちないように持って帰ろう。 

そして、今度また来れるなら、その時は器二倍にしておこう笑 
ちゃんと返せるように。 

そうできるように、行動していきたい! 

帰りに仙台駅で携帯を開いたら、あの石巻の女性からメールが届いていた。出発前に送っていた、CDとコーヒーを受け取りました、という内容でした。数ヶ月前に貰った、心配していた手紙より、沢山笑顔の絵文字が入っている前向きな感じのメールだった。私が贈ったものに「楽しみ」という言葉を下さって、ただ、嬉しかったです。

帰りの新幹線で聴いたプーランクの変奏曲の、、移り変わっていくものと、変わらないものに心を寄せながら、一杯の想いを胸に、そしてそこに毎日をしっかり歩んで行ける道標を感じたのでした。 



ここまで、長い日記を時間を割いて読んで下さって本当にありがとうございました! 行く前に励ましてくれた方々、行っている間メールやコメントを下さった方々、凄く励みになってました。ありがとうございます(ノ_・。) 

どこか不備があったら教えていただけたら助かります。ボランティアの質問とか感想とかダメ出しでもなんでも嬉しいので、、お気軽にお願いします* 
| comments(0) | trackbacks(0) | 22:30 | category: 井上さん日記 |
# 井上さんボランティア日記6日目(2011年9月)
15日。この日の朝は最後の朝のお祈り。 

千葉さんの優しいギターの音、歌い始めが聴こえた時、もう目に涙いっぱいでした。こらえて歌った。米川教会で歌うテゼ、小さな教会の聖堂で、決して声を張り上げて歌うわけじゃないんだけど、みんなに届く、みんなの声と、繰り返されるメロディーが重なり合う感じがとっても心地良かった。なんだか自然で無理のない、本当に慈しみと愛のあるところって感じ。ubi caritas! 

テゼに出会えて良かった。一緒に歌ったみんなと出会えて良かった。 

お祈りして、シスターが沖縄に帰るのを見送りました。最後まで優しくあたたかな朝ご飯をありがとうございました。寂しかった・・・・・。シスターさんという人と関わったのははじめてだったんですけど、本当になんだかシスター山内はつくるご飯とおなじ優しい暖かさのある方でした。あの穏やかさこそが存在感。シスターがいてくれるだけで安心だったもんなんか。シスターのおかげで色んなことを受け入れる穏やかな心が戻ってきたし。たまに大西さんにはく毒でみんなの笑いとっちゃうところも含めて、みんながシスター大好きだった!! 

絶対また会いたい! 

お見送りをしたあと、最後の活動へ。 この日は、仮設住宅で現地の人とお話したいというお願いを神山さんが聞き入れてくださって、考えてくださって、17日に行われる移動カフェのビラ配りの作業をさせてくださいました。 

と、その前に、私たちが最初の二日間に瓦礫撤去をさせていただいた上山八幡宮がついに14,15日とお祭り当日だったのでなんとのぞきにいかせていただきました!(西日本新聞にも載ってたらしい!) 

綺麗になった神社にほっとした。間に合って良かった。 

宮司さんたちに会って挨拶して聞いたんだけど、ここまで、約1000人の人がボランティアに入ったって。 

お祭り、出来て本当に良かった。私なんか最後にちょっと手伝っただけみたいなもんだけどそれでもめっちゃ嬉しいやって思った。 

お参りして、手をあわせて、平和を願って。

千葉さんが神社の上のちょっとした高台の所に連れていってくれた。8月にこの現場に入ってから、よく、ここからの景色を見てたって。遠くに海。なのにこんなに近くに船。足下のフェンスは壊れていて、「ここまで来た」という嘘のような事実に驚かされる。骨組みだけの建物が見える。町の形跡。 

重機の音が聞こえる。 

復興の音。 

すごく静かで穏やかな気持ちだった。 

たまちゃんも分かち合いで言ってたけど、決して、良い光景というわけではないんだけれど、平和が感じられた、なぜか。

「だいぶん復興が進んだなあ、ここも」って千葉さんの言葉に、着実に進む時間と、人の力の重なりを感じた。

その後、ゆりちゃんがそこで話してくれたボランティアに来るって決めた時の話をしてくれた。意地だったって。ゆりちゃんの優しい強さがあったから私も意地を持てたことに、あらためて感謝した。 

神山さんも来て、その景色を見てた。神山さんはクールだけど優しい表情する。 

千葉さんも 
ゆりちゃんも 
神山さんも 
凄く穏やかな目してた。 

降りていって、みんなで祈祷をしてもらって(祈祷なのかな?はじめて本格的に神社の中に入った!)、獅子舞を見た!この日はなんと、お祭りに国の重要文化財の伊勢太神楽が来てたんです。凄かった!舞も、楽器も!しかも獅子に頭噛んでもらった!東北では、獅子い頭を噛まれると、頭が痛くならないらしい。 

そして、獅子舞を見た後、たまちゃんと引いたおみくじを開いた。みんなの分!って思って引いたおみくじ。(悪かったらどうすんだよって 

運勢、大吉。しかも二人とも! 

「枯れ果てた田の苗も夕立に遭いて 再び生き返り秋の収穫も心配に及ばず安心出来る運なれ共 
何事も正直にして他人を恨まず仕事大事とはげみなさい」 

書かれていた言葉に復興されていく町を想わずにはいられなかった。 

みんなでそれを共有しながら歩いて車に移動し、仮設へ! 

しかもなんと、伊勢太神楽のメインは、私達がこれから向かう志津川小学校敷地内の仮設住宅で、小学校の生徒と住民の方々を前に行われるらしい! 
  
急いでビラ配り。仮設の人々と少しだけどお話もできた。これからイベントということもあって明るさがあった。車椅子の人も、お年寄りも、誘い合わせて。小学校、保育園の生徒たちも集まって。 

獅子舞が姿を現した。 

びびるこどもたちwww 

舞(獅子舞)と曲(放下芸)とに大きく二つで構成されている伊勢太神楽。 獅子舞の間に挟まれる曲芸とお笑いには歓声と笑い声が飛び交った! 

本当に凄かった! 

重要文化財なだけある。プロだー! 

いやああああ凄い。神社、仮設、伝統芸能まで最後に見ることができるなんて。凄い。 

そして、曲芸をしていた人が、長い棒の上にお皿を乗せて、剣玉のように放り投げてまた受け止める、という芸をしてくれたんだけど、珍しく二回も失敗してお皿が割れるというハプニングに見舞われて、、なのに、その方ときたら、どういうわけかもっと大きな瓶を持ってきて、「これを受け止めます。応援してください!」とお笑いの人と声をかけて、 

見ているこどもたちや仮設のひとたち、先生たち、わたしたちの、 

「頑張れーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」って大きな声が響き渡った。 

頑張れー!頑張れー!って響く声。 

なんだか、もう、この生き生きした光景に胸がいっぱいだった。 

私まで頑張れるって思った。ここには希望がある。私まで希望を持って帰られるなんて。 

曲芸の人は、見事、投げられた大きな瓶を、棒の上で受け止めた。 

わっという歓声と拍手。 

感動した。 

この瞬間にここにいることができたなんて、なんて素敵なんだろ! 

沢山のひとの笑顔に包まれる幸せ。 

こどもたちとバイバイして、仮設から帰る途中、お買い物して帰った。なぜかというと、この人はなんとこれから夜にかけて7人のボランティアが米川ベースに来るのです。なのにシスターがいない!!!!!!そこで大西さんから使命をもらったのです!13人分のカレーを作れと!!!!! 

野菜やお肉を買って、ベースに戻って、みんなで昼ご飯を食べた。ヤマトにいただいたビッグサイズのチキンラーメンも食べたw 

「アイス食べていいよ」って神山さんに言われて、どこに入ってるんですかって聞いたら、「冷蔵庫の引き出し」って言われて、あけたらただの氷だった。「ここのベース自動でアイスできるから。糖分ゼロ、保存料ゼロのアイス」 

ほんとにこえーここのベース!!!! 

でも神山さん、大事なねるねるねるねを分けてくれました。神山さんに結構この日はお話きけて、はじめて神山さんの活動する姿を見ることが出来て嬉しかったな。 

まさかの私より食い意地はってる神山さん。食べたらその場で座ったまま寝ちゃう神山さんw 

現場で人と関わる神山さんはすごく生き生きと優しい表情に感じられた。 

なんだかわからないけれど神山さん大好き! 

千葉さんと神山さんとはここでお別れ。 

私たちの全面信頼をおいて一緒に活動してきた隊長、千葉さんと、神山さんとの別れはあっさりだったけど、また会えるってえりちゃんの声に、カレーをつくる気合いが入った。ここからは全力カレーwwww 

メニューは、夏野菜カレー、ポテトサラダ、おみそ汁、りんご。これを6時半までに13人分!(遅れたら大西お地蔵様の怒りに触れるのである。) 

みんなで切って、いためて、途中途中に、新メンバーのアリーナ、イシーダ、ダブルアンナが参戦して、手伝ってもらって、活気が増す。しかもカレーの調理方法は、勿論ルーもつかうんだけど、みんながボランティア活動中のためにもってきたレトルトの残りの、色んな種類を鍋にどんどんぶち込んで作るという荒技カレーw 

さらに、炒めて、爆発させて(ゆりちゃんがね)、異臭を放って、今度は現れた大西お地蔵様に本気心配され怪訝な顔で見守られるという展開。(途中から無言) 

13人分が多いので、二つの鍋にわけて作ったのですが、ゆりちゃんがカリー屋カレー中辛、甘辛をベースに作る横で、入れるのを禁じられていたインドカリーの緑のやつとか、豆カレーとか、激辛カレーをどんどん鍋にぶち込む私w 

なんか味方少なかった、、、、。(たまちゃんはやさしかった。あんなも優しかったけど、見てたら、食事の時にはゆりちゃんの方のカレーお皿に盛ってた) 

台所散らかしまくりだったけど、新メンバー女子のおかげですごく(なんとか)スムーズに作ることができました。本当にありがとう! 

野菜ごっろごろ!かぼちゃなすじゃがいもにんじん(ところどころ豆) 

えりちゃんベースのポテトサラダも順調にできていって、おみそ汁もシスターの味を受け継いで。 

その日スタッフ一人で新メンバー7人(三人は40代の社会人男性!)をお風呂に運ぶお地蔵様を見送って、私たちも順番にお風呂行って、帰ってきたらたまちゃんがほぼりんごむいてくれてて、えりちゃんが食卓セットしてくれてて、 

しかも間に合わないとふんでたのにお地蔵様たちちゃんと6時半に帰ってきて、 

少し遅れたけど、なんとか晩ご飯にありつけました。 

大西さんいやがってたけど無理言って私の変なカレー食べていただきましたw 「うまい!!!!」 いつもシスターに贈られてたこの台詞、まさか私達も聞けるなんて、めっちゃ嬉しかったな。ちゃんと二杯食べてくれて、ゆりちゃんのカレーにもえりちゃんのポテトサラダにもうまいうまい言ってくださってた。(本当に絶品だった!ちょっと荒いけどw) 

カレーおかわりする瞬間って楽しい!みんながおかわりするのを見るのも。新たなメンバーがおいしそうに食べてくれて嬉しかった。 

そして、ボランティアを支えてくれる人たちのありがたさも実感した。私達ボランティアも支えられてるから頑張れてる。シスターのご飯をはじめ頑張れる状態を今まで作ってくれた沢山のひとたちに感謝して食べました。 

この日は片付けして、涙をこらえて最後の分かち合いをして、フィードバックをしてもらって、その後大西さんのかけ声でみんなで笑ってしゃべって楽しかった。 

この日きたイシーダ。こんな強烈な人なかなかいないってくらい強烈やったwwww めっちゃ良い子なんよ、だれもいなくなってもずっと一人で片付けてたり、
初対面のわたしたちのこと、無事に帰られるようお祈りしてますって言ってくれたり 

だけどスイッチ入ったらとんでもなかったww 

みんなの笑顔を見渡しながら、なんなんだこれ、なんなのこれって思ってた。新しく来た四人の女の子と、三人の男性と、20日までの大西さんを引き継ぐために来られた石巻からの高浜さんに力強い可能性を感じさせられた。今まで一緒にがんばってきたひとたちを見て、本当に良かったとしかいいようがないと思った。一晩一緒にご飯食べて笑いあっただけだけど、とにかく楽しくて、みんなの良いものに触れられて、そして未来を思う時間。素敵過ぎでしょここ。 

となりでイシーダを見ながら頭を抱えて、その下で笑うベース長のお地蔵様を盗み見て、なんて素晴らしいベースだろって思ってた。

大西さんは「大丈夫だよ」って私に言ってくれたことがあるけど、大西さんの大丈夫はなんだか本当に、ああ大丈夫だと思わせてくれる力がある。 

大西お地蔵様本当にありがとうございます。 

この日は最後にあらたな大きな気づきがあったけど、それはまとめにかきます。 

この次の日でラスト! 

| comments(0) | trackbacks(0) | 00:43 | category: 井上さん日記 |
# 井上さんボランティア日記3日目・4日目(2011年9月)
宮城県に来て三日目。活動二日目。 

昨日来た神社の最終仕上げ。この日のメンバーは、私達カリタス米川ベース、と個人の方達。勿論リーダーは千葉さん。昨日だけで凄く進んだのに、これは今まで沢山の人たちが物凄い量の瓦礫と土砂を、ひとつずつ、一人一人が、一日一日片付けていったものなんだと思うと、すごいとしか言いようがない。自然の威力。そして人の力も。 

午前中は昨日土砂を詰めた山積みの土砂たちを、ひたすらトラックに積み込む!これは一番きつかったかも。これからももし土嚢袋を使うボランティアをするひとがいたら、言っておきたい。 

まじで土砂詰め込むの袋の6分目までくらいにしたほうがいい!張り切って詰め込み過ぎたせいで本当重い!腰がいかれるかと思った!笑 

流れ作業で、どんどん積み込んでいくんだけど、だれかが落としそうになったらだれかがフォローする人の列には、なんだかちょっとの感謝が連なっていく感じがしたなあ。 

泥まみれ汗まみれになりながらも、恵李ちゃんやジーコのわけのわからん笑いにつられて笑っちゃって、そんな現場だったからか心に残ってます。 

この日のお昼ご飯は、南三陸町ボランティアセンター横の、岡山県の炊き出しチームが開いてる10円カフェに行った。 

ひとりぐらしで食事に不自由してたり、外食したいという方、ボランティアが食べにこられるこのカフェオムライスもスパゲティーもニラ餃子もビーフストロガノフもドリンクも全部10円!しかもうまい!東北の経済を回して行くためもあって食材は全部現地調達だそうです。 

すごいの店員さんたち。めっちゃくちゃ忙しそうなのに絶対笑顔たやさんの。活気に溢れてた。 

チーム名は「人と生きる」。 

えりちゃんが、この日の分かち合いで話してくれたことは、「このチーム名を見て、私たちは福岡に帰ってもここの人たちと共に生きるんだと思った」ということでした。 

強く胸を打たれました。ありがとうえりちゃん。 

このカフェは10月5日までオープンしてます。南三陸町でボランティアする方がいたら是非!トベさんパンの差し入れありがとうございました!

午後はマチュー達が作業してた港に合流! 

私たちは瓦礫の山の分別。これは、片付けても、片付けても、山が崩れてくれなくて。昨日はいきなり仕上げの段階で、結果が目に見えたけどこんな風な過程があるのは当然。ひとつひとつ、次に繋げて行こうと思った。 

この日出会った沖縄の精神科の看護師さんのチネンさんは、まとまった休みがとれたからすぐに飛行機のチケットをとって駆け付けたそう。レンタカーを借りて車中泊をしているらしい。直接的な心のケアもできるけれど、今ここでは一生懸命に瓦礫撤去をするチネンさんの姿はすごく力強く感じた。 

チネンさんは、寂しくなったら食べようと思ってたらしい沖縄の紅芋タルトをくれました。ありがとうございます! 

ジーコとはここでお別れ。あっさりしすぎだろ!いや、あいつは実に素敵な変人だった。また会える。 

この日の分かち合いでは、ゆりちゃんの瓦礫に対する感じ方が、ひたすら作業する中で何も感じなくなってきたという戸惑いやシスターの、写真洗浄してたら楽しそうな会食の写真の笑顔に戸惑ったという話に私も考えさせられた。 

出会う人出会う人から色んなことを気づかせられるけど心のケアは形がないからこそ、私たちはどうにでもつくっていけるから、必要とされていることを目一杯明日も頑張ろうという思いの中、この日も大西さんと千葉さんにまめまめと変なあだなでいじられ笑いは絶えず、そしてふじくんとたまちゃんがこの日の晩から参戦し、新たな仲間と一緒にみんなの和を嬉しく思いながら眠りにつきました。 


そして翌日13日から一緒に活動。

13日は、お馴染みになってきた南三陸町ボランティアセンターの朝礼で、千田さんから印象的な言葉を聞いた。

「ボランティアによって復興されている町の姿を見た被災地の方々から沢山感謝の声をいただいてる。直接被災者の方々に関わってないけれど、復興されていく姿を見ることが、凄く心のケアになっています。」 

ああそうか、と思った。 

初日から思ってはいたけれど、私瓦礫撤去の活動をやらせてもらえて本当に良かったと思った。 

マチューはこの日から気仙沼に移動したのでここでお別れ。マチューが新たな場所でも元気にいられますように! 

この日は歌津駅周辺の片付け。重機が片付けたあとはじめて人の手が入る場所だから、ガラスや陶器などの仕分けは勿論貴重品にも目を配らないといけない。一緒に入ったのはクロネコヤマト中国四国のみなさん。いやー、やっぱりクロネコヤマトの方々は愉快でパワフルだ。 

歌津駅前の姿には驚くしかなかった。丘の上の駅。駅前には何もない。恐ろしさを物語ってた。駅に上がっていくと見渡せる光景に、ああここから川が町が見えたんだなって想像を巡らせることが出来た。きっと素敵だったんだろうと思う。だって、確かに崩れてたけど、「絶景」って言葉が上がった人たちの口から漏れてた。 

この日の作業は黙々仕分けをして、一杯になったバケツを運ぶことの繰り返しで、作業に孤独を感じたゆりちゃんと一緒に「ココまでは私達が綺麗にする!」っていう範囲を決めて、どっちが先にバケツをいっぱいに出来るかひたすら競争しながら頑張りました。スコップで参戦のフジくんも一緒に。体力は消耗したけど二人のおかげで頑張れた。気付いたら、最初よりずっと綺麗になってて千葉さんも「すっごく綺麗になった」って言ってくれたし、一緒に必死で頑張れる仲間って良い!黙々とそのまわりで掘り続けるえりちゃん、たまちゃんの仕事もあってその周辺、とっても綺麗になってました。 

大事そうなものも出てきたから、持ち主さんの手に戻ったらいいな。 

クロネコヤマトさんからはアメ100粒いただきました!ありがとうございます。石田さん、ラブテロリストさん、愉快で優しいひとたちだったな。 

しかしこの日はたまちゃんたちと見た、ボランティアセンターに貼ってある亡くなった方の遺体の特徴とその確認、引き渡しが成されたかの表に、嬉しくても、悲しい、瞬間を思うと胸が苦しくなった。 

帰りの車の中で千葉さんに聴いた、新聞に載っていた、「6mの津波が来ます、逃げてください」というアナウンスを津波が来てみずからが飲み込まれるまで続けた25歳の女性の話。先日活動した上山八幡宮の片付けの中で、その女性からの年賀状が出てきて、神社の方が凄く喜んでくれたらしいです。その話を聞いてるときもずっと苦しかったけど、でも、悲しくても少しでも大切な思い出が誰かの手に戻るなら・・・ それが安らぎになるのなら・・・ 私も大切に作業を行ってその力になりたいと思いました。 

ベースに帰ったらシスターと大西さんがその日も満面の笑顔で「お帰り!」って言ってくれて、ああ今日も頑張って良かった、ここに帰れて良かったなってこの日は本当に強く感じました。 

この日は色んな投げかけに考えさせられました。出会いの中で、分かち合いの中で、ピアノの練習に行く途中、シスターとの会話の中で。わからないことだらけだけど、不思議なことたちを久しぶりに肯定的にとらえられる自分が戻ってきた感じでした。シスターには沢山良いものをいただきました。シスターの優しさに感謝。 

それからプーランク。今練習してる「主題と変奏」なんだけどテゼに似てるんだよね。繰り返される美しさが。この曲には変奏のひとつひとつに感情の名前がついてて、同じ旋律がちょっとぞつ毎回違った気持ちで奏でられる。 

沢山のひとが同じ仕事に関わるボランティアのこと、ここに来て気付いた、プーランクが日常の中に持ってた祈り、それから慰安の気持ちを持ってピアノに向かえるようになった日でした。 

この日は帰りにヤマウチっていうお店に寄って、南三陸町、志津川の名産のたこを買って帰ったんだけどげきうま!でした!志津川のたこの歯ごたえはやばいよ! 

えりちゃんが、みんなが食べたがってたいかの塩から(絶対買ったほうがいい)をこっそり買ってくれてたていうサプライズもあり、シスターのご飯もおいしくて、みんなの笑いがそれを助長して。 

練習してたら、気付いたらたまちゃんが側にいて耳を傾けてくれたりして。 

日に日に米川ベースが好きになっていくのでした。 

夜日記を書きながら、米川ベースや、まだまだ片付ける場所のある歌津駅前の事を思うと、帰るのが心苦しくなってたのですが(早い) 

ああでも、凄く寂しいというのは幸せなことだきっと、頑張り尽くして、未来と希望を残して、そして持って帰ることができるようにしたい!私はここが好きだ!って思って休みました。 


ここまで読んでくれてありがとうございます。 

To be continued* 
| comments(0) | trackbacks(0) | 22:13 | category: 井上さん日記 |
# 井上さんボランティア日記2日目(2011年9月)
二日目の朝。五時起床。手洗いでお洗濯して、六時半、米川教会でお祈り。お祈りは参加自由だけど、ここでは初めてテゼに触れる。テゼは繰り返される、短い祈りの歌詞とメロディー。小さな教会に響く、綺麗なギターの音とみんなの歌声。沈黙。その美しさに凄くテゼが好きになった!そしてなんと教会にピアノがある!この、小さいけど素敵な響きを持つ教会で、私はありがたいことに時間があれば練習をゆるされたのです。感謝!! 

帰って朝ごはん。みんなで昼のおにぎりをにぎる。みんながにぎるおにぎりはとっても個性豊かでおもしろい! 

準備して出発。ベース長(お地蔵様)大西さんと、シスターがいってらっしゃいって見えなくなるまで見送ってくれる。千葉さんの車でいざ、南三陸町へ。 

その途中に触れた、テレビで見たままの瓦礫だらけの光景に、愕然とした。なんでこんなところに船が。ここには一体何があったんだろう。戦後も、こんな状態だったのかな。復興って、すごい時間とパワーがいるな。この骨組みしかない建物はなんだったんだろう。って思ったら、あの、「津波が来ます、逃げてください」って最後までアナウンスし続けた場所だったり。
この日は震災から半年たった日だったけど、まだ、まだだって思った。よし、頑張るぞ。ってつぶやきに書いてみたけど、その直後に腹痛を起こすよわっちい自分にまた愕然とした。 

南三陸町のボランティアセンターに着いて、そこの活気に元気が出た。カリタスのビブスを着て、その日一緒の現場で活動するクロネコヤマト関西の有志22人、そしてフランスから3カ月滞在しているマチューと集合して、他の現場のみんなと朝礼を受け仕事の説明を受ける。 

現場のリーダーは千葉さん。そして副リーダーは、フランスから来たマチュー。この日の活動はお祭りを目前にした上山八幡宮の瓦礫撤去で、8月の頭からずっと作業してきた仕上げの段階に私たちが入ることになったみたいでした。でもついてみたら、まだまだ、まだまだ瓦礫だらけな訳で。最初のことを思うと、果てしない気持ちになった。

模索しながらヤマトのひとたちと、ひたすら瓦礫と、ガラスなどをわけて、スコップで掘って、土嚢袋に詰める!クロネコヤマトの人たちは関西ノリでおもしろくて、パワーがあった。ビブスのバックには、「宅急便ひとつに、希望をひとつ入れて」って書いてあって、私はその背中を見るたびに元気をもらってました。クロネコヤマトさんには支援物資を送るのにお世話になってるのに、現場にも出てきてるんだって、すごいなって思った。 

そのうちの一人ナカウチさんがスコップで掘るのをサポートしようと、私が土嚢袋を持って二人で作業してた。そうしたらだんだんはかどってきて、今度はもっと要領よくなるようにイワシタさんがスコップで先に掘り起こして、ナカウチさんがそれを入れ込む。私が袋を広げて、持って、縛って運んでってしてたのを、モリさんが縛って運ぶ専門になってくれて、疲れたら中村さんがナカウチさんに厳しいこと言いながらも交代してあげて、私もスコップを持って交代して。いつの間にかヤマトの人たちと凄い流れ作業の輪ができてた。だんだん、左から、右から、埋まってた溝が見えてきた。この溝を繋ぎたい! 
気付いたら私は土嚢袋を持っていたせいで、どのうえさんって呼ばれてた。。そんなこんな笑って汗流して、お昼休憩! 

神社の前で、カリタスメンバーで朝にぎったおにぎりをほおばる。最高!そしてこのベースの仲間は愉快で、落ち着くなあと思った。 

午後は千葉さんが宣言通り溝を一気に掘り出した。おされるヤマトのひとたち。みんなに火がつく!掘って、入れて、縛って、運んで、繰り返すスピードが上がる。千葉さんパワーで一気にすすんで、気付いたら千葉さんはいなくなってた。うまいなあ。みんなのやる気を後押ししてくれたんだなって気がつく。千葉さんは、現場で必要以上の言葉は多く発さないけれど、よく目を配ってくれているのがわかるから、安心して頑張れてました。 
疲れたらローテーションしたりして、人が繋がるのとともに、どんどん溝が繋がっていく。感動する。必死に掘って入れて、顔をあげたらいつの間にか進んでるから、びっくりするんです。たまーに、すごい匂いするごみとか、下着とかびっくりするものも出てくるけど、そんなのもみんなで乗り切る!

午後の休憩ではマチューにきいてみた。「なんで日本のためにそんなに長い時間をとって来てくれたんですか」って。そして返ってきた、この言葉。 

「だってみんなでした方がいいでしょ」 

マチューがくれたシンプルな答えに、色々理由を考えていた自分がばからしくなった。結局はそういうことなんだろうなって思った。ちょっとずつでも。 

マチューもすごくパワフルで。さあラスト!とみんな協力して活動しながら見上げた、なだらかになった斜面と繋がった溝にじーんときた。みんな生き生きしてた。 

やり始めたら夢中で必死で、最初の腹痛はどこかへ行ってしまってた。

帰りにはヤマトのひとから八橋をいただきました。ありがとうございます! 

ボラセンに戻って片づけて、千葉さんの車でさとちゃんを登米市役所に送る。一日だけだったけど、一人で出てきた明るくて前進力のあるさとちゃんとのお別れは寂しかった。さとちゃん!また会おうね!

帰ってから食べたシスターの夕飯にはもうおいしさに全身がいやされた。「うまい!」って一番に言う大西さんの声に神山さんが「うんうん、うんうん」って頷いて、それに続いて「おいしい!」ってそれぞれの言葉で口ぐちに言う。それを見てありがとうね〜って笑うシスターの嬉しそうな顔に、またなんだか、いいなあって思った。 

ここに来て、一食一食が、一人ひとりの想いが、そして夜、教会に行って弾いたピアノの一音一音が、すごく幸せに感じた。 

(そしてこの日は、枝豆を食べすぎて、あだ名がまめになった。最初はまめすけだったのに、途中から「おい、まめ」とかだけん。このベースこわいまじ!) 

また続き書きます(大西さんがこえー人のままだし、、、)* 

読んでくれた方、そして私のときどきのつぶやきに応援してくれてた方ありがとうございました(>_<)励みになってました(;_;)!!
| comments(0) | trackbacks(0) | 02:51 | category: 井上さん日記 |
# あくしゅ1周年記念日&井上さんボランティア日記1日目(2011年9月)
みなさん、本日あくしゅは1周年を迎えました。何を持って1周年かというと、去年の今日4月19日は全学的な説明会を行った日だからです。そこで人が集まり、とりあえずメーリス(説明会メーリス)が出来上がり、一つの集団となりました。

今日は本当は一度AKUSHUONを起こしたかったのですが、それはまた次に持ち越すとして、1年目以上に2年目が大事だと思います。それは3年目につなげるためにも大事。今メンバーの多くが院の2年生、学部の4年生。つまり、今年がんばらねば来年はしぼんでしまうということです。

私たちもがんばります。関心がある方、ぜひとも私たちと活動していきましょう。また、私たちの活動を目にした方々、ぜひとも支援にご協力ください。

〜〜〜〜〜〜〜

さて、今日からしばらく連載をしていきます。あくしゅメンバーの井上さんが2011年9月、2012年3月に南三陸に被災地ボランティアに参加してきました。その日記をご紹介したいと思います。

ボランティアという言葉は今回の支援を前にして「軽すぎる」かもしれません。しかし、僕はいつもメンバーにいいます。眉間にしわよせて一生懸命がんばることは大事だけど、サークルとして長く続けていくためには、もう少しリラックスして取り組むことも大事だよ、って。

だから、日記を見てそういう雰囲気を感じ取ったとしたら、他の人がどう思おうが、僕はそれをバックアップする立場をとります。仮に「それじゃだめだ!」と思われる方がいらっしゃったとしても、井上さんには非はありません。万が一そういうご感想がありましたら、スルーしていただくか、私が責任を持ちますので吉武に対してお願いします。

そんな井上さんが実際に被災地に入り、現地の風景を目にし、空気を吸い、人々と出会う中で、感じたことを「身の丈」の言葉でつづってくれています。その言葉たちに温かい目でを通していただき、みなさんも私たちは何をすべきか、どうすれば次につなげていくことができるか、考えていただければ幸いです。


『2011年9月被災地ボランティア1日目』

昨日、ボランティアから帰ってきました。

私の言葉が被災地でのことを表すのに適切かどうかとか、責任があるなって悩んだけど、日記を書きます。

私は被災地に行くまで正直に言うと普段でも、被災者支援サークルあくしゅでも今回の震災に関することが自分の言葉で表せなかった。 とりあえず物資を送っても、手紙を書いても、なんだか言葉を失ってしまう。

でも、その間も、支援物資を送った先から手紙は沢山もらって、特に石巻の女性が、凄く心配になる文章だったけど、私が「音楽科の学生です」って手紙に書いた一言に対して、返信で音楽の素晴らしさや、音楽を聴きたい、という想いを伝えてくれたりして、逆に私に言葉をくれていました。 行く前も行ってからも、本当に、私はもらってばかりだったけど、今度は自分の素直な言葉にできたらいいなって思って書きます。

長くなりそうで申し訳ないですが、一週間通してなので、良かったら時間があれば全部読んでいただけたら幸いです!

私が被災地に行ったのは優里ちゃんが声をかけてくれたからです。一週間ボランティアに行こうと思ってるので、一緒に行きませんかって。正直に言うと、一週間がんばれるかな、そしてコンクール前に一週間ピアノを弾かないのかって悩みました。

行くって決めたのは、優里ちゃんはその時まだ二回しか会ってなかったけど、でも本当に素直な優しさを持った人で、一緒に行きたいなって思ったことと、石巻の女性に貰った手紙と言葉。音楽を聴きたくても聴けないひとがいる。私は帰ったらピアノ本気になればいつでも弾ける。何かできないかなって思ったこと。そして、サークルで模索しながら頑張ってる、頼りにさせてもらってる吉武先生や愛子たちみんなの想いを持って行きたくて。

そんなわけで、行く直前まで、色々ごちゃごちゃ考えて、想像を巡らして、でも全然わからない状況での出発。長靴とか、手袋とか、こんなので良いのかなとか。

当日の朝、空港でもう一人の仲間、恵李ちゃんと初対面!飛行機が遅れるハプニングもありつつ、乗り継ぎは東京駅を駆け抜け、品川駅をかけぬけ、仙台駅を駆け抜け、でも二人のおかげでなんとか仙台からバスで二時間半、登米市役所前につきました。

そこで私たちがお世話になるカリタスジャパン(カトリックの社会福祉団体で、信者さんじゃない人も沢山参加してる団体です*
http://www.caritas.jp/caritas_japan/caritas_japan01.html)、米川ベースのベース長、神学生の大西さんと出会う。こえー!というのが最初の印象。恵李ちゃんから優しいと聞いていたんですが、私は実は大西さんに数日前に電話してたんです。 

図々しいのをわかっていたけど、音楽や音楽教育で何かできることはないかたずねたくて。
そしたら基本的に瓦礫撤去しかありません、という話をしてくれたのですが、まあ、その話の中でかってに私がびびってたんですが(私が悪い)会ってからもずっとやっぱりこえー!とか思ってたんです。 

むかえにきてくれた大西さんの車で数十分、米川ベースに到着!朝出発して、ついたのは夕方。

ド田舎過ぎてびびる。

オリエンテーションを受け、その日の活動から帰ってきた東京のさとちゃん、その日から合流の東京のジーコ、米川ベースに二週間来ているシスター山内、スタッフで活動隊長の千葉さん、外回りで活動されているスタッフの神山さんと合流して、シスターが作ってくれた美味しい晩ご飯を一緒に食べて感動。じゃんけんして皿洗い。食事後、初の分かち合い(沈黙をとって、一人ずつ今日あった出来事や感じたことを話して、まわしていく。意見をしたりは無し)。お風呂に入って、そしてスタッフの方たちのおもしろい個性やものの見方の一面がちょっとずつ見えてきて、なんだかかってに私はびびってたけど、ゆりちゃんもえりちゃんも仲間も含め、これはなんか愉快になりそうだ!って予感の中に一日目を終えました。  
| comments(0) | trackbacks(0) | 17:22 | category: 井上さん日記 |
Profile
Comments
Mobile
qrcode
■ふんばろう東日本支援プロジェクト
Search this site
Sponsored Links